たんたんのつれづれダイアリー

日々の出来事や思い出などをつれづれなるままに綴っていきます

今までありがとう 〜天国へ旅立った君へ〜

我が家の愛猫が天国へ旅立ちました

6/30の午後11時半過ぎ、我が家の愛猫ピッピちゃん(愛称ピーちゃん、白黒の鉢割れ、メス、21歳)が天国へ旅立ちました。
猫の21歳は人間でいうと100歳くらいだそうです。とても大往生です。また、飼い猫の平均寿命は約16歳と言われており、ピーちゃんは長生きな猫ちゃんであったことが分かります。
我が家では10匹以上の猫を飼っており、今まで何匹も看取ってきています。ですが、ペットの最期は慣れませんね。亡くなる前も亡くなった後も号泣してしまいました。
ですが、今までの猫と比べあまり苦しむこともなく亡くなっていったので、その点は本当に良かったなと思っています。

他にもペットがいることもあり、巷で言うところの"ペットロス"にはならないとは思いますが、他の猫がピーちゃんの代わりになるわけではありません。ピーちゃんはピーちゃん、他の子は他の子で、性格も違えば、思い出も違います。
生きている私たち飼い主が出来ることは他の子たちも可愛がってあげることだと思っています。

愛猫ピーちゃんについて

私が10歳の時に、家族で近くの海岸にBBQに行った際、海岸に捨てられていた猫を両親にお願いし我が家に連れて帰ることになりました。拾った猫は3匹。そのうちの1匹がピーちゃんでした。
後ろ足の色がハイソックスを履いているように白かったので、" 長くつ下のピッピ" という児童図書から名前を付けました。
一緒に拾ってきた2匹のうち、1匹は知り合いの方が里親になってくださり、もう1匹は我が家で一緒に飼っていましたが数年前に一足早く天国へ旅立っていきました。

若かりし頃はやんちゃな猫ちゃんでよくもう1匹のお兄ちゃん猫に怒られていました。でも、どこか抜けていてマイペース。赤い首輪が似合う美人さんでした。
老年期は、寝ていることが多い穏やかな猫ちゃんでした。特にここ数年は、人間でいう認知症のようなものだったのでしょうか?時々大声で鳴き叫んだり、ご飯を十分食べたのにも関わらず、食べたことを忘れたのかまたおねだりされたりなんてことがよくありました。
私たちが起きたら、父に、母に、そして私にと3人にそれぞれおねだりしていて、すごい量のご飯を食べていてこちらが心配になるくらいでした。
昨年の大晦日、我が家な夕食はすき焼きで、テーブルに準備中に溶き卵を食べられてしまったこともありました。少し前まではこんなことをする子ではなかったので、認知が進行しているのかなーと思ったりしてました。
老年期の猫はドライフードは硬いためあまり食べなくなるので、缶詰のご飯をあげていました。そのため、飼い主がいないとご飯を貰えません。昼間は家族みんなが仕事に出かけているので、夜はとてもお腹が空いています。家族の中で私が一番早く帰宅するので、私の自転車の音が聞こえると、玄関で仁王立ちをして全身全霊の力で"ごはんちょうだーい!"と鳴いていました。少しでも帰りが遅いと機嫌が悪そうで、"今日はすごい怒ってるなー。"と思うこともしばしばありました。
ここ数ヶ月は自分の力では食べることが出来ず、私たちがスプーンで補助しながらご飯をあげていました。
そんなピーちゃんですが本当に健康で、21年間生きていて、病院に行ったのはわずか8回ほど。そのうちの5回は旅立ちの日が近づき食べなくなってしまい、栄養を補給するために点滴に行っていたからでした。

ピーちゃんとの最期の日々

亡くなる二週間前から食が細くなり、旅立ちの日が近づいていることを察しました。
食が細くなったピーちゃんに少しでも食べてもらおうと母がマグロのお刺身を買って来た時はとても喜んで食べていました。そしてピーちゃんの最後の晩餐もやはりマグロのお刺身で、私たちがびっくりするくらいペロリと平らげましたが、それを最後に食べ物を口にすることはありませんでした。

私たちは経験上、食べ物を食べなくなってしまうとあと数日でお別れが来るだろうと分かっていました。そのため、会社から帰ると真っ先にピーちゃんが生きているか確認することが日課になっていました。そしていつもいつも、"家族が誰もいない時間に一人で旅立ってしまっていませんように"と願いながら自宅へ戻っていました。

亡くなる前日(金曜)の夜の状態から、私たちはこの週末が山場だと確信しました。そして、今までいた場所から母の寝室に部屋を移し、ピーちゃんを見守ることにしました。金曜の夜中は時折ふと起きて、周りをキョロキョロ見る仕草をしていました。まるで、周りに誰かいるのか確認しているように…。そんなピーちゃんに"大丈夫。みんないるよ!安心して。"と言いながら、体を撫で、私や妹の手を枕代わりにして常に誰かと触れているようにしていました。このようなことが土曜の明け方まで続きました。
朝一で病院に連れて行き、点滴を打ち、自宅へ戻りました。それからはまた母の寝室で私たちはピーちゃんの最期の時間を過ごしました。それはとてもとても静かで穏やかな時間でしたが、残酷な時間でもありました。
命のろうそくが消えるのをただただ待っているようにも感じ、死にゆく生命の前には医学の進歩なんて無力に等しいとまざまざと見せつけられているようにも感じ、とても悔しく切なく悲しくて泣きながらピーちゃんをさすってあげていました。

旅立つ数時間前まで喉を鳴らし、私たちに何かを伝えようとしていました。甘えていたのか、助けを求めていたのか分かりませんが、私たちに出来ることはそばにいてあげることだけでした。

旅立ちの時はとても静かに訪れ、眠るように天国へ旅立っていきました。旅立ちの時に見ているこちらが辛くなるくらい死に抵抗し苦しそうに旅立って行く子もいる中、とても静かに旅立っていったのは本当によかったなと思っています。

先生の言葉

今はまだ悲しみが癒えず泣いてしまうことも多いですが、通っている公文書写の先生が少し前におっしゃっていたことを思い出します。
先生も犬を飼っておりよくペットの話をするのですが、そんな時にこんな話をしてくれました。

" ペットは自分が死ぬことで飼い主に悲しんで欲しくないそうだ。なぜなら彼らはまた天国で会えることを思っているから。"

実際はどう思っているかは誰にも分かりませんが、ピーちゃんを含め先に旅立った子たちが、"先に行って遊んで待ってるよー。"と言ってくれてるような気がします。

今までありがとう〜天国へ旅立った君へ〜

可愛いピーちゃん、今まで本当にお疲れ様。
振り返ってみたら、人生の半分以上をピーちゃんと過ごしていてビックリしたよ。
本当に色んなことがあったね。
もう玄関からあの大きい声が聞けないと思うと、いつもの場所にいないのを見るとお姉ちゃんは寂しいです。
でも、ピーちゃんは天国に他のみんながいるから寂しくないよね?
ピーちゃんは幸せだったのかな?ちょっと不安。

いつまでも私たち家族を忘れないでいて欲しいな。私たちも忘れないよ。

今まで本当にありがとう!大好きだよ!

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